福原将宜だけど岩野

近所のご母から昔、銀座松屋でエレベーターガールを通じていたという話を聞きました。当時の勤め先で撮った画像も満載みせてくれました。みな若さとプライドにあふれ元気そうで、自慢を以て仕事をしていた塩梅が行ける画像だ。制服はちっちゃな白い襟に紺色のすそ拡がりの膝下伸長のワンピース。帽子はかぶっていません。
私の諳記におけるエレベーターガールは頭にちいさな帽子を載せて、タイトなツーピース容貌なので、画像の容姿はエレベーターガール初期のものだと思います。通勤ところ都内タワーがだんだん高くなっていうのを覚えているそうですから、エレベーターガールを通じていたのは昭和30時程度のことでしょう。
昔にみた、白い手袋に包んです指をきちんとそろえて、「上に参ります」と言って入口を閉め、締め切った移動中のエレベーターの中で流暢に店の案内していたエレベーターガールの容貌が、この頃妙になつかしく思い出されます。今のスーパーのエレベーターは、単なる退職の手段で、楽しくも甚だないです。昔のエレベーターガールって、まさにムズムズ憧憬がいっぱいつまってたような気がします。
銀座松屋がGHQの接収クーリングオフで新装オープンしたのが、昭和28時。エレベーターガールに感じ取るホームシックのようなものは、よしいよいよです、目新しい津々浦々を創ろうという時代の風向き感じかもしれません。

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